vol 33 2017年、8月の帰郷  その1

 本州に比べ、8月の北海道は過ごしやすい暑さ。 元々釧路は冷涼な気候ゆえ、半袖では少し肌寒いかも、、、


 2017年、8月の釧路の現況を2回に分けて、ご紹介。



 札幌、8時54分発、スーパーおおぞらで釧路に向かう。定刻に走行し、13時過ぎに釧路駅に滑りこんだ。

2017.8.21-22 KSR (3)

 到着し、実家へ向かおうと思ったら、、、なんと、、、


2017.8.21-22 KSR (4)

 おぉ、夏季限定の臨時列車、4両編成の「ノロッコ号」がいるではないか。 普通列車ゆえ、乗車券のみで乗車できる。
と、言っても時間が無い。 でも乗りたい。  よし、一つ先の東釧路駅までの短い旅をするぞ!


2017.8.21-22 KSR (5)

 機関車の次位に連結されるオハ510客車。 元々は道央圏で活躍していた、50系客車の改造で、前部にあった入口がサービス用発電設備の設置のため閉鎖されて改造されているが、、、




2017.8.21-22 KSR (7)

 車内はほぼ、オリジナルを残している。 大変に貴重な存在となった。 う〜ん、懐かしい。大学時代、札幌〜大麻間を何度も乗ったものだ。青色モケットの座席、扇風機、どれをとっても懐かしい。  編成中唯一の自由席なのでこちらのデッキに立つ。車内は満席。 まぁ、次の東釧路までの乗車なので、これでよし。 なにより、もはや貴重となった客車の乗り心地を味わいたかったのだ。



2017.8.21-22 KSR (6)

 こちらが3両連結される、メインの展望客車。中国語の飛びかう車内は満席そのもの。 釧路湿原を楽しんでくだされ。






2017.8.21-22 KSR (8)

 う〜ん、珍しい。1番ホームには、スーパーおおぞら。 2番ホームにノロッコ号、 3番ホームには帯広行キハ40系、 4番ホームに根室方面から到着の、キハ54系。 

 国鉄時代なら、4本あるホームが全て埋まる事が珍しくなかったが、現在、昼過ぎでの光景では、このようにホームが全て列車で埋まる光景をみられるとは、、、




 

 客車独特の発進時のもたつき、発進時のガクンというショック、止まる時のもたつき等、客車独特の乗り心地が、筆者は好きなのだ。   それを今回も期待しつつ、さぁ、出発だ。





2017.8.21-22 KSR (15)

 釧路川(旧釧路川)の鉄橋を渡ると、最初の停車駅の東釧路駅に到着。 

2017.8.21-22 KSR (11)

 たった一駅、わずか10分程度の短い旅。 満席の車内から東釧路駅で下車したのは、筆者ただ一人だけ。 衆目を浴びているな。皆さんは終点の塘路まで行き、折り返してくるのだろう。 生活路線として使ったのは筆者だけか、、、笑。



2017.8.21-22 KSR (16)

 最後部に連結される、オクハテ510は、先頭の機関車を遠隔操作し、運転手を乗せて帰路の先頭に立つ。国鉄時代も含めて、このような運転システムは大変珍しく、貴重な存在。



 ここからタクシーに乗り、愛国にある実家に向かったとさ、、、




 釧路の現況とか言っておいて、何だよ! ただの鉄道マニアネタじゃないか、、、  という、お叱りはごもっとである。 メインは次回の、その2で。 思い出深い建物が、また一つ姿を消すという、予告を、、、
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vol 32 ユニオン →レイトン →廃墟

 街の衰退は、時に大きな爪痕を残す。廃墟もその一つ。そこに思い出があれば、ことさら感慨深い。



2016.7.5 KSR (53)

 釧路市民、元釧路市民、観光等で車で来た人なら一度は通ったことがあるのでは?  の、北中跨線橋。 筆者も思い出が深い。


2016.7.5 KSR (60)

 勿論、この跨線橋は下にJR根室本線が走る為に作られたもの。



2016.7.5 KSR (62)


 そこに登ると、釧路駅構内が遠くに見渡せ、下を通る列車が見え、 「この列車の天井は、こうなっているのか、、」なんて、新しい発見があったりするが、奥に見える薄茶色の凸型の建物に行ってみることにする。



2016.7.5 KSR (70)

 跨線橋を降り、春日町方面に一度向かう。 (写真は来た道を振り返って撮影したもの)


2016.7.5 KSR (74)

 トヨタ系の整備工場の横の道を歩くと、遠くに目的の建物が、、、



2016.7.5 KSR (76)

 途中、「ほう、公園があったんだ」と初めて知った。 少子高齢化又は、子供体が外で遊ばなくなったせいか、無人であった。 おっと、実はこの時の時刻は、朝の6時頃だった、そりゃ誰も居ないか 笑。




 目的地に到着。





2016.7.5 KSR (88)

 どうだい、この草に覆われた、「ホテルレイトン釧路」は?



2016.7.5 KSR (92)

2016.7.5 KSR (95)

 そう、ここは廃墟。 ホテルの廃墟。 ここは、ホテルユニオンとして開業し、その後、レイトン釧路に名称が変わった。 そして、経営母体の倒産? で、ニセコにあった、レイトンニセコと共に廃業し、現在に至る。ニセコの方は、収支が望めるとして、他社に買い取られ、経営が存続したが、釧路の方は、集客が見込めないとして、買い手が現れず、現在に至る。過去には、不審者が侵入して、火災が発生した。(窓が無く、焦げている箇所)



2016.7.5 KSR (90)

 看板のピンク部分にある、ブライダルプラン。 筆者は19歳(1990年)の時、ここで親戚の結婚式に出席した。既に札幌の大学へ進学していたが、帰郷して参加。真新しいスーツを来たものの、ネクタイの縛り方が分からす、ここまで乗ってきたタクシーの運転手さんに、車内で縛ってもらった。 お袋が、「お前、そのネクタイの縛り方、随分上手だね」と、驚いていたのが、つい最近のことのように思い出される。



 釧路には、このような大きなホテルの廃墟がいくつかあります。このレイトン釧路や、旧パシフィックホテル、旧パシフィックイン、旧第一ホテル等、、、近年は外国人旅行客も増えてきていますが、年間を通して、ホテルの供給は足りているということでしょうか?

vol 31 2017年 5月の釧路の現状報告  その2

40歳も半ばを過ぎると、思い出は忘れなくとも、詳細が思い出せなくなるナ、、、



 どこだったけ?  釧路駅の地下改札口は、、、



 
2017.5.31 KSR (1)

久振りに都市間バスではなく、JRの特急列車で釧路へ帰郷。 いや〜 やっぱりキハ283系の旅は良いものだ。
夜に釧路駅に無事到着したのだが、、、 (写真は札幌駅発車時だが)





2013.5.20-21 KSR (164)

 別の機会で撮影した、釧路駅。 今回はかつてここの地下にあった、ステーションデパート跡を見てみる。



 2017年の5月、釧路駅の1番ホームに到着。ここから直ぐに改札口に進めるのだが、 ちょと記憶を頼りにワザワザ、地下の連絡通路に降りてみた。 かつて、地下にステーションデパートがあり、ここの連絡通路にも、改札口があり、直でステーションデパートに行けたのだ。現在は閉鎖されており、その改札口がどこにあったっけ? と、しばらくの間、ウロチョロ。(ほとんど不審者)


2013.5.20-21 KSR (401)

 蛇足ながら、現在の地下連絡通路にはホームまでエスカレーターが完備されたが、かつては階段のみだった。




 では、捜索開始。



 
2017.5.31 KSR (3)

 地下連絡通路の5番ホームから、4〜1番ホーム方向を見ている。(幣舞橋方向) 奥の写真の飾っている壁が、ステーションデパートに通ずる、地下改札口だったか?


2017.5.31 KSR (2)

 それとも、奥の5番ホーム側の壁(釧路湿原方向)が入口だったか?


 それとも、どちらでもなく、横の、壁側に改札口があったか?



 思い出せない、老いた管理人であった。(ジジィ〜)



2013.5.20-21 KSR (405)

 因みに、駅からステーションデパートへ降りる、地下階段跡は、このように行き止まりで、(天井が下に下がっているのがわかる)、、、


2013.9.20-22 KSR (176)

 駅裏から駅前までの地下通路側にも、、、

2013.9.20-22 KSR (177)

 ステーションデパートへの入口跡が残っている。 管理人も、何度もここから入ったものだ。 懐かしい。



2017.5.31 KSR (4)

 改装され、デザインが変わった、釧路駅のトイレ。 場所は変わっていない。
 ここでの思い出は、映画「男はつらいよ」のロケ時、(1984年、夜霧にむせぶ寅次郎)、偶然にも、トイレの洗面所で、俳優の佐藤蛾次郎と、隣合ったこと。 背がとても小さく、ボリューむのあるアフロヘアーと、薄汚い衣装だった。もちろん役柄だが、掃除のオバサンが、「佐藤蛾次郎さんですか?」 に対し、「そうです」と答えていたのが、思い出。



2017.5.31 KSR (5)

 トイレから改札口に通ずる通路。色々な店があり、テナントも何度も入れ替わった。 この通路を数え切れなほど通った管理人は、現在もここを通る。



 今回はちょっと、釧路駅のネタでした。 昭和の時代、旭川、釧路、札幌(他の都市にも?)に、㋜マークのステーションデパートがありました。現在は札幌と旭川は駅舎そのものが現代的に生まれ変わり、当時の面影を残しているのは釧路だけとなりましたね。

 ステーションデパートでは地下ゆえに、薄暗い印象と年季の入った壁と天井の汚れが印象的で、お土産屋、食堂、本屋、オバサン向けのバックや服が売っているコーナー、ゲームセンター。レコードショップがあり、レコードショップでは、当時、流行していた、チェッカーズのレコードが店頭に沢山飾られておりました。現在からみれば、古臭い、ダサいものだったのかもしれませんが、間違いなく、街のコミュニティであり、そこに生活が、商業がありました。

vol 30  2017年 5月の釧路の現状報告  その1

 更新が滞っておりました、、、、



 2017年の5月に帰郷した際の、釧路の現状をいくつか紹介。 寂しいニュースばかりで恐縮であるが、、、



 1975年に開業したという、旧十条スケートセンター。

 2013年に老朽化のため閉鎖され、2016年から解体準備がすすめられていたそうだ、、、



2013.5.20-21 KSR (298) - コピー

2013.5.20-21 KSR (324)

2013.5.20-21 KSR (303) - コピー

2013.5.20-21 KSR (322) - コピー

2013.5.20-21 KSR (308) - コピー


 上の5枚の写真は、2013年の5月の撮影で、既に閉鎖されていた時のもの。 正直、ここには一度も入ったことがないのだが、筆者が10代の頃、アイスホッケーチーム、「jujo」が活躍しており、市内の小・中学校のあるアイスホッケー部の生徒たちの憧れの存在であった。ここでプロの業を間近に見た同級生の興奮した姿が学校にはあった。




 その後、2017年の5月なると、、、


2017.5.31 KSR (15)

2017.5.31 KSR (10)

2017.5.31 KSR (14)

2017.5.31 KSR (16)

 更地になりましたとさ、、、、である。 なんだか寂しいな。 オレンジ色の文字で「jujo」の文字の入ったスティックが人気であり、ホッケー部の生徒達も好んで使っていたことを思い出す。



 次に、釧路駅近くの、旧長崎屋である。


SANY0031.jpg

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 2008年の撮影、長崎屋が変転し、アベニュー946として再スタートし、地元に貢献してきたが、やはり新規出店のライバル店には及ばず、、、


2016.7.5 KSR (27)

 泣く泣く、閉店するとの告知 (2016年、7月の撮影)


2017.5.31 KSR (17)

 2017年5月、 長崎屋の看板 → アバニューくしろ の看板が外され、何と、パチンコのベガスベガスが出店するとこと。建物はこのまま活用するようだが、人口減少、既に過剰ともいえるパチンコ店の飽和状態の中、どのようになるか、、、


 そして、オマケだが、、、


2014.4.28-29 KSR (45)

 駅前にある、空きビル。 ここの2階には昔、多くの若者が集った、パフェが人気だった、喫茶店の「ローリエ」があったが、長く空き状態。 せめてもの名残として、看板が残っていたが、、、


2017.5.31 KSR (27)

 全国的に老朽看板が落下する事故が多発してか、その看板も撤去された。



 釧路の現況を取り上げてみました。 寂しいニュース専門のブログとなりつつあり、戸惑っている所です。

次回も、くしろの現況の続きを、少し。


vol 29 忘れ去られた、釧路駅のホーム

 今回は大変なマニアネタで。 

ほんの一部の人達にしかわからないかも、、、、との不安を抱えて。


 釧路駅の今は使われていない、ホームにスポットを。勿論、筆者には思い出があるのだが、、、


 
2016.7.5 KSR (5)

 お馴染みの、JR釧路駅。セリカXXが写っているが、撮影時は2016年の7月。 この左手、、、


2016.7.5 KSR (6)

 こちらも釧路駅の建物だが、鉄道関係者以外は馴染みの無い建物で、筆者も一度も入ったことはなし。


2016.7.5 KSR (9)

 その建物に沿って、旧長崎屋方面に歩くと、、、


2016.7.5 KSR (20)

 この様に白い金属板で覆われた壁があり、この奥が線路、ホームである。 右手の旧レストラン跡の横に通路があり、、



2016.7.5 KSR (11)

 建物の裏手に通づる細い通路がある。 ここを進むと目的のホームにいけるのだが、、、 因みに写真の右手には、、


2016.7.5 KSR (10)

 特急スーパーおおぞらが発着する、主役の1番ホームがある。 この時は国鉄カラーに戻されたキハ40系がいたが。


2016.7.5 KSR (12)

 この1番ホームの端の壁面に、「1962ー1」の文字が刻まれている。昭和37年の1月に運用が始まったということ?




 では、目的の思い出ホーム。



2016.7.5 KSR (15)

 ここである。今は何も使われていないが。 帯広方向に撮影。 床に金属の仕切りが並んでいるが、かつて北斗星のB個室ソロも連結されて運行された、カートレイン用の施設の跡かも? 


2016.7.5 KSR (17)

 こちらは根室方向に向かって撮影。ガラ〜ンとしているこのホーム。 0番線といでも言うのか、このホームで、、、



 かつて、北海道内を走ったリゾート列車がここに初めてやってきた、昭和60年代初期、中学生の筆者は友人とこのホームに来て、初めて見て触れて、中に入ったのがこのホーム。 ゴールドの車体のアルファコンチネンタルエクスプレス、翌年にはフラノエクスプレス、さらに一年置いてトマムサフホロエクスプレス、、、 

 また、新キハ183系といわれた、N183系の500、1500番代の展示会もここのホームで行われた。 大勢の市民が興味津々で車内に入り、椅子の座り心地を確かめて、、、初めてみる車内、新しい内装、シートの匂い、、、ホームには職員の人達の手による、アップルティーのサービス。 ここに立つと、10代のあの頃を思い出す。 一番のインパクトは、最初に見た、アルファコンチネンタルだった。




2016.7.5 KSR (19)

 遠くに見える、釧路ガスのタンク横を通る、北中跨線橋から、札幌方面からやってきた、アルファコンチネンタルを遠くに見て、真下を通過したアルコンを友人二人で自転車で追いかけて、このホームに停まっていたアルコンを、見て触って、感動したものだった。そんな思い出のある、このホーム。 そんな賑わいの過去を知らない世代が多くなった。

 
2016.7.5 KSR (18)

 2番、3番ホーム端にある、木造の小さな小屋。昔からここにあると記憶するが、今は使われていないようだ。作業員用の小屋だろうか?


 釧路駅のホームには、様々な思い出があります。 中、高校の修学旅行のもここからスタートしましたし、親戚の見送り、鉄道マニアの友人の撮影に付き合ったこと、そして自身が札幌に住むようになって、帰郷のために現在も使っております。旧型客室に乗って、標茶、池田に行った思い出、、、 経営状態の深刻さがマスコミに取り上げられるJR北海道ですが、この灯を消さないよう、ローカル線の存続も含め、頑張ってもらいたいものです。
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