vol 29 忘れ去られた、釧路駅のホーム

 今回は大変なマニアネタで。 

ほんの一部の人達にしかわからないかも、、、、との不安を抱えて。


 釧路駅の今は使われていない、ホームにスポットを。勿論、筆者には思い出があるのだが、、、


 
2016.7.5 KSR (5)

 お馴染みの、JR釧路駅。セリカXXが写っているが、撮影時は2016年の7月。 この左手、、、


2016.7.5 KSR (6)

 こちらも釧路駅の建物だが、鉄道関係者以外は馴染みの無い建物で、筆者も一度も入ったことはなし。


2016.7.5 KSR (9)

 その建物に沿って、旧長崎屋方面に歩くと、、、


2016.7.5 KSR (20)

 この様に白い金属板で覆われた壁があり、この奥が線路、ホームである。 右手の旧レストラン跡の横に通路があり、、



2016.7.5 KSR (11)

 建物の裏手に通づる細い通路がある。 ここを進むと目的のホームにいけるのだが、、、 因みに写真の右手には、、


2016.7.5 KSR (10)

 特急スーパーおおぞらが発着する、主役の1番ホームがある。 この時は国鉄カラーに戻されたキハ40系がいたが。


2016.7.5 KSR (12)

 この1番ホームの端の壁面に、「1962ー1」の文字が刻まれている。昭和37年の1月に運用が始まったということ?




 では、目的の思い出ホーム。



2016.7.5 KSR (15)

 ここである。今は何も使われていないが。 帯広方向に撮影。 床に金属の仕切りが並んでいるが、かつて北斗星のB個室ソロも連結されて運行された、カートレイン用の施設の跡かも? 


2016.7.5 KSR (17)

 こちらは根室方向に向かって撮影。ガラ〜ンとしているこのホーム。 0番線といでも言うのか、このホームで、、、



 かつて、北海道内を走ったリゾート列車がここに初めてやってきた、昭和60年代初期、中学生の筆者は友人とこのホームに来て、初めて見て触れて、中に入ったのがこのホーム。 ゴールドの車体のアルファコンチネンタルエクスプレス、翌年にはフラノエクスプレス、さらに一年置いてトマムサフホロエクスプレス、、、 

 また、新キハ183系といわれた、N183系の500、1500番代の展示会もここのホームで行われた。 大勢の市民が興味津々で車内に入り、椅子の座り心地を確かめて、、、初めてみる車内、新しい内装、シートの匂い、、、ホームには職員の人達の手による、アップルティーのサービス。 ここに立つと、10代のあの頃を思い出す。 一番のインパクトは、最初に見た、アルファコンチネンタルだった。




2016.7.5 KSR (19)

 遠くに見える、釧路ガスのタンク横を通る、北中跨線橋から、札幌方面からやってきた、アルファコンチネンタルを遠くに見て、真下を通過したアルコンを友人二人で自転車で追いかけて、このホームに停まっていたアルコンを、見て触って、感動したものだった。そんな思い出のある、このホーム。 そんな賑わいの過去を知らない世代が多くなった。

 
2016.7.5 KSR (18)

 2番、3番ホーム端にある、木造の小さな小屋。昔からここにあると記憶するが、今は使われていないようだ。作業員用の小屋だろうか?


 釧路駅のホームには、様々な思い出があります。 中、高校の修学旅行のもここからスタートしましたし、親戚の見送り、鉄道マニアの友人の撮影に付き合ったこと、そして自身が札幌に住むようになって、帰郷のために現在も使っております。旧型客室に乗って、標茶、池田に行った思い出、、、 経営状態の深刻さがマスコミに取り上げられるJR北海道ですが、この灯を消さないよう、ローカル線の存続も含め、頑張ってもらいたいものです。
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Vol 28 昔の光景がガラリと変わった、北大通3丁目付近


 ※4月3日の夜、写真を追加して、記事を改訂しました。



 2017年の2月の早朝、札幌からの夜間都市間バスにて厳寒の早朝の街に降り立ち、MOOで暖を取った、筆者。カメラ片手に、街をGO。


 端からみれば、不審者!


 さて、MOOを出て、北大通に出てみたのだが、そこには、、、


2017.2.8 水 KSR (11)

 時刻は早朝5時50分頃、気温は温度計で氷点下11℃程。 自身がいた頃の昭和の釧路なら、もっと気温が低く、マイナス20℃以下なんて当たり前だったが、そうは言っても、寒いものは寒い。  もっと暖をとっておきたいが、本日のミッションのため、GO。(オーバーな!)



2017.2.8 水 KSR (13)

 直ぐに北大通には出ず、錦町3に建つ旧第一ホテル廃墟を経て右折。 北大通に出る途中、左手の建物、、、 


2017.2.8 水 KSR (17)

 長く釧路の街で営業してきた老舗、㋣キタムラ。 2000年の閉店以来、放置されてきた建物が、このような崩落の危険があり、近づかないようにとのバリケード状態となって、もう数年。 この先はどうなるやら、、、


2017.2.8 水 KSR (22)

 北大通に出て、目についた光景。 サトウ洋品店はあるが、、、周辺が、、、 あれ?


DSCF2720.jpg

 2004年頃の撮影。 このように建物が並んでいたのだが、、、



2017.2.8 水 KSR (24)

 ここから旧丸三鶴屋の新館が見えたかな?  見えるわけないな。 マルカツのビルは何処にいった。



2017.2.8 水 KSR (28)


2017.2.8 水 KSR (32)

 うーん、随分スッキリしたな。 こんなに広くなった更地。 街の歴史が終わったのか? 始まったのか?


DSCF1993.jpg

 2004年頃の撮影。建物の使用中、放置中問わず、多くの建物があった。



2017.2.8 水 KSR (39)

 多くのビルや個人経営の店舗等、大小様々な建物があった。 しかし、大きな旧釧路デパートの建物も、少年時代、何度もお世話になった、山下書店の建物も、、なにもかも無い。(旧丸三鶴屋の本館の玄関前から、釧路デパート跡を撮影。)




 一本仲通りを歩いてみた。 かつては多くの人で賑わったものだが、、、




2017.2.8 水 KSR (41)

 ポツンと残された建物。 喫茶店? 筆者には入店経験なし。


2017.2.8 水 KSR (44)

 同じく入店経験の無い、蕎麦の 「あずまや」も、残ったが、、、 かつては、、、



2013.9.20-22 KSR (224)

 つい数年前の駅側からのショットと、、、


2014.4.15-18 KSR等 (59)

 同じく数年前の釧路川側からのショット。 多くの建物に囲まれていたと、改めて感じ入る。


2017.2.8 水 KSR (48)

 かつて賑わった、有名饅頭店側の並びには再開発の区画には入っていないようだ。



2017.2.8 水 KSR (49)

2017.2.8 水 KSR (51)

 聞くところによるっと、大規模な介護施設が建つとのことだが、それは釧路が超の付く高齢化社会がまもなくやってくるという、前触れ。(日本全国そうだが)



2014.4.15-18 KSR等 (61)

2014.4.15-18 KSR等 (56)

 2014年の春の撮影。 釧路デパート裏側と隣接する3軒の店舗。裏手側からは出入りした記憶がないのだが、かつてはここからも入店できた?  右のシャッターの降りている建物の 右手に回ると、、、


2014.4.15-18 KSR等 (68)

 歳月を積み上げてきたという、証がよくわかる、釧路デパートの外壁と、、、


2014.4.15-18 KSR等 (64)

 その右手、山下書店や、村上金物店の入っていたビルの裏手。よく見ると、上に両ビルを結ぶ階段が。 行き来できたんだね、知らなかった。 また下のビルにも入口の跡のようなものがみえるな。 もしかして、昔はこちら側にも入口があった?  下のビルの築年数は分からないが、街の歴史を見てきた生き証人の一つだった。 それももう、過去の話か、、、

 

 これだけの建物を撤去するにも、相当な時間と費用がかかったものだろう。



 だんだん、夜が明けてきて、周辺が明るくなってきた、、、





2017.2.8 水 KSR (61)

2017.2.8 水 KSR (64)

2017.2.8 水 KSR (66)

2017.2.8 水 KSR (71)



 では、もうそろそろ、寒さの限界なので、釧路駅方面に歩き、暖をとってから、実家に向かうとするが、最後に、、、


2017.2.8 水 KSR (74)

 北大通4から錦町5に向かう通り。 夜が明けてきたが、まだまだ街は眠りの中?


2017.2.8 水 KSR (75)

 老舗の喫茶店、リリー。 看板の灯りが歴史と、温かみを感じる。今度絶対に入店するぞ! ㋣キタムラに隣接する敷地ゆえ、㋣キタムラが解体撤去となると、存続が危ぶまれる? 危険なビルは早期に撤去が望ましいが、ここの喫茶店だけは、後世に残っていってほしい、、、なんて勝手な思いを感じて、ここを後にした。



 思い出と共に消えた建物群、 残った建物群、 歳を重ねる筆者。 徐々に薄れゆく記憶。 だから、カメラに残す為に歩く。 多くの元釧路人に、街の現状を知ってもらいたい。街の将来を考える一人になって頂きたい。 若い世代に、街の歴史を伝えていきたい。



 そう、思っております。

vol 27 思い出のMOO、バスターミナル

 2016年の後期、ついに衰退する北大通りに開発の手が入った、、、


 とのこと、、、で取材をしたかったのだが、金銭的に苦しく、かつてのように頻繁に帰郷できなくなってしまった筆者は、ようやく釧路の地を踏めた。


 このクソ寒い釧路の2月に札幌から夜行バスでやってきて、暗く寒い釧路の地に降りたった場合、何をするか?


 実家に帰るとしても、まだ午前5時20分だから、家族はまだ皆寝ているし〜〜

 JR釧路駅に行って暖をとるとしても、駅が開くのはたしか6時頃の筈。

 コンビニで時間潰す?  店の迷惑になることはしたくない!



 で、そこに救世主が、、、


2017.2.8 水 KSR (11)

 MOOバスターミナルである。こんな早朝にも空いており、暖房もしっかりと入っていた。 「ありがたい〜」

 北海道バスが運行する、釧路〜札幌間の都市間バス、ニュースター号は、MOOにもバス停がある。老舗のスターライト釧路号(中央バス、くしろバス、阿寒バスの共同運行)もかつてここから出ていたが、釧路駅前にバスターミナルが改築されたのを機に、ここに来なくなってしまった。



2017.2.8 水 KSR (1)

 建物を入って右側を撮影。 う〜ん懐かしい。ここから何度もスターライトくしろ号に乗って札幌に向かった。中央の店舗に入るドアはまだ開いていない。


2017.2.8 水 KSR (2)

 コインロッカーのある付近に、最初はカウンターがあったと記憶している。ここでお金を払い、乗車券を受け取っていた。当時はコンビニやネットで買える時代ではなかったから、、、


2017.2.8 水 KSR (3)

 ん? このキャラクターは? 若い二人に街を盛り上げてもらいたいということだね? 


2017.2.8 水 KSR (4)

 スターライトくしろ号が来なくなり、1988年に開業した、釧路〜根室間の都市間バスも寄らなくなり、現在は北見、旭川を結ぶ都市間バスと、空港連絡バスだけとなった。時代が変わったナ、、、筆者はここから北見、旭川、釧路空港の路線も全てここから乗ったことがある。



2017.2.8 水 KSR (9)

2017.2.8 水 KSR (8)

 入口から入って左側を撮影。晩年はこちらに乗車券カウンターがあり、賑わっていたが、現在はオブジェ等が置かれ、喫煙コーナーもできていた。北見、旭川の都市間バスはここから出るが、乗車券の発売等は無い。空港連絡バスも車内での支払いとなる。大型のモニターが設置されたが、無人化されたということか。


2017.2.8 水 KSR (6)

2017.2.8 水 KSR (7)

 アザラシの絵が、、、と思ったら、クーちゃんっていうのが釧路川に現れたとニュースになったね。



 暖を取り、写真も撮った筆者はしばらく懐かしさに浸って、ここを後にした。 そしてカメラを持ち、、、北大通へ。
 と、続きは次回ということで、、、




2017.2.8 水 KSR (78)

2017.2.8 水 KSR (79)

 何と、この6時間後に釧路を離れるという、トンボ返り日程だったのだが、釧路駅に近づくと、なにやら黒煙がモクモク。 おぉ、SL牽引の冬期の釧路湿原号か。 満席の客車とカメラを構える人達が沢山。 素晴らしい。


 実はこの翌日以降、SLは動けなくなり、DE10型ディーゼル機関車に変わってしまった。大型車輪に大きな傷が見つかり、北海道では研磨するところがなく、本州まで送って研磨してもらわなければならなくなり、冬季のSLイベントはこれにて終了してしまったとのこと。 写真に写っている乗客の皆さん、ラッキーでしたね。


 
 MOOバスターミナルから、何度も都市間バスに乗りました。思い出が深く、車両の世代交代もこの目で見てきた筆者ですが、時代の流れで色々大きく変わって行くものですね。北大通の衰退、MOOの経営難もバスの発着に大きく影響しているのでしょう。 次回は釧路デパート跡の更地を紹介致します。

Vol 26 旧雄別鉄道の中園駅があった? と言われている場所付近

 更新が滞り気味だが、今回はいつも以上につまらない記事を、、、


 さて、、、


2015.5.25-26 KSR (26)

 いきなり何の写真と思われただろうが、広い片側2車線道路は中央分離帯付き。

ここは愛国東4丁目、雄鉄線通といって、昭和45年まで釧路駅から阿寒の炭鉱があった雄別地区を結んでいた線路跡である。筆者が子供の頃は、ここは砂利道で、中央部分に一段盛り上がった単線幅の線路跡があり、歩行者専用の砂利道があり、ここをよく自転車で爆走したものである。その両側は草地で、地元民が家庭菜園等を行っており、両端に砂利道の道路があった。この中央分離帯付近に、、、


2015.5.25-26 KSR (28)

 労災病院側に移動して、先程の立ち位置を撮影。 このT字路付近に、かつての雄別鉄道の「中園駅」があったと、ウィキペディアには、航空写真付きで解説している。片ホームの小さな停車場のような駅だったそうだが、インターネットのお陰で、長年の疑問が解けたという、ただそれだけ。 筆者より上の世代の方なら、駅のことを知っている方々も多いであろう。背面には労災病院がある中園通。


 
2015.5.25-26 KSR (31)

2015.5.25-26 KSR (32)

 労災病院の建物も、筆者が知っているのは昭和30年代の建物らしく、白色の古い建物だった。 玄関には係のおばさんがおり、靴を預けると、代わりに番号の入った木札とスリッパを渡されたものだったが、現在はそれも昔。こんなに立派になった。



2015.5.25-26 KSR (35)

 労災病院を過ぎると、愛国江南通。さらに真っ直ぐ進むと、市民の森、柳町に出る。 角の灰色の建物は、筆者が高校生時代からある、模型店。ここではエアガンも売っており、16歳の同級生が18歳と偽り、18才以上用のエアガンを購入した。

 
2015.5.25-26 KSR (40)

 フライ模型店から、中園の旧スーパーまつだ、旧石黒ホーマ方面を撮影。 ここは旧東邦交通の愛国線のルート。 江南高校の生徒に欠かせない路線である。


2015.5.25-26 KSR (41)

 模型店の中央分離帯を挟んに向かい側に、はスズキ商店というお店がある。こちらも昔から営業されているのだろうか?


2015.5.25-26 KSR (44)

 スズキ商店側、愛国江南通の江南高校がある方面を撮影。この先が入江町となる。


 
2015.5.25-26 KSR (45)

 模型店、商店の間の道路を進むと、市民の森出る。 車は通れないが、歩行者は柳町、赤十字病院方面まで一気に進める。


2015.5.25-26 KSR (47)

 付近の一本、中道に入ると、そこには昭和時代の古い建物が多く見られる。



 と、まぁ、つまらない記事でありました。 雄別鉄道の多くの駅のことは知っておりましたが、中園駅の場所となると、多くの先輩さんから、この辺たっだ、あの辺りだったと、バラバラで的を得なかったのですが、インターネットとのお陰でその場所がようやく分かりました。駅舎を備えた立派なものではなく、ただの停車場だったようですね。

Vol 25 実家のある愛国地区から釧路駅までウオーク  その5

 愛国の実家から、釧路駅までのウオーク、その5はいよいよラスト。晴天ウオークは、さらに寂れた街の現況を肌で感じたウオークでもあった。



 さて、住所的には若松町、いわゆる駅裏までやてきた。この後、都市間バスで札幌に戻るわけだが、それまで写真を撮りまくり、、、



2014.10.25-26 KSR (92)

 振り返って撮影。 筆者はこの道を歩いてきたのだ。



 大通りに出た。





2014.10.25-26 KSR (90)

 こちらが、喜多町、新富士方面。 う〜ん 車通りが少ないな。 昔はもっと賑わっていたが、、、

 
2014.10.25-26 KSR (93)


 こちらが旭町方面、やがて旭跨線橋にたどり着く。 皆さん、この時の撮影時刻は何時と思われる? 平日の11時半である。この交通量の少なさ、歩行者の皆無状態、、、 正に現在の釧路である。 30年前を知っている世代からみれば、なんとも寂しくて、、、
 

 
2014.10.25-26 KSR (89)


 今回はこの菱光にスポットを。 といっても、昔の写真が無いので、仕方なく、筆者の拙い記憶で、、、

2014.10.25-26 KSR (91)

菱光というと、もっと大きくて、背が高くて、レストランもゲームセンターもあって、さらにボウリング場もあった、あの建物だったが、気がつけば、小さなスーパーになってしまった。 正確には1988年頃には既にこうなって、確か100円ショップだった時代があったような記憶が微かに、、、


 

 裏に回ってみた。




2014.10.25-26 KSR (94)

 裏手は駐車場になっているが、、、


2014.10.25-26 KSR (95)

2014.10.25-26 KSR (97)

2014.10.25-26 KSR (99)

 地面を良く見て頂きたい。 建物の跡が見て取れる。当時の建物がいかに大きな建物だったを、床のコンクリート面積で見てとれる。 一階にはゲームセンターがあり、通路を挟んで向かいにレストランがあった。幼少時、両親に連れられて、ここのレストランで食べた。

 旧店舗時代は、正面の道路からこちら側まで店内を通り抜けできた。 100円のポテトを買い、テーブルで友人と食べて、語り合った。たった、100円のポテトでも、話が弾み、笑う青春時代が筆者にもあった。  今は床の跡が残るだけ、、、


2014.10.25-26 KSR (98)

 店内を通り抜け、この先の地下歩道を通り、釧路駅に行った。その時代を懐かしみ、釧路を後にした。 あの頃の賑わいを懐かしみながら、、、



 五回に渡って、ウオークの模様を取り上げてきました。 次回は新富町、付近の写真を探して、取り上げて見たいと思います。
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