Vol 21 実家のある愛国地区から釧路駅までウオーク  その1

 元釧路市民ゆえ、思い出の場所は多々あるが、やはり子供時代を過ごした地域が一番の思い出の宝庫。



 それが愛国地区。ここから釧路駅までカメラを持って歩く筆者は、一步間違うと不審者。事件があったもんなら、「さっき怪しい中年男をさっき見ました」 なんて通報されかねないので、注意の程をいつも意識して。



 などと、前置きはどうでも良いとしてスタート。    訪問は2014年10月の下旬。



2014.10.25-26 KSR (28)

 産業道路という、かつて栄えた片側一車線の直線道路。 中規模のスーパーや個人商店、飲食店、文具店、書店等がたくさんあった。 昔から営業を続ける店舗は非常に少ないが、現在もかつての名残が随所に、、、 愛国東3丁目付近。

 
2014.10.25-26 KSR (30)

 前の写真の背面側を撮影したもの。奥の交差点の右側に進むと美原で、左が大曲。 正面が浄水場と新くしろ川。朱色のユンボのアームが見えるが、中華レストランの解体中。左手に僅かに写る建物は焼き肉のべらやす。かつては喫茶店やゲームセンターがあったが、賭博行為で摘発されニュースにもなった。  それにしても歩行者も交通量も愕然とするくらいに減った。



2014.10.25-26 KSR (29)

 再び先程のシーン。 3色に別れた建物。昔からあり、黄緑色のところにかって、「釣りキチ」という釣具店があった。親父も釣り好きだったこともあり、筆者も何度か入店した。その後、移転したような気がするが、、、


 その横の小路に入ると、、、



2014.10.25-26 KSR (31)

 キリンビールの行灯がある、高橋商店。この建物は二代目で、新旧の店舗に入ったことがある。奥に少し進むと(右列、3本目の電柱付近だったかな?)かつて、小さな広場があり、夏休み中の小学生時代、ラジオ体操をしに自転車でやってきた。 首にリボンシトロンの広告の入ったカードを下げて、、、


2014.10.25-26 KSR (32)

 再び産業道路へ。 白い建物の右下、シャッターの降りている所はかつて、肉屋さんであり、筆者の実家はこの横の小路の通りにあるゆえ、タクシーを電話で呼ぶ際は、この肉屋さんを目印にお袋が電話していたっけ、、、

 車が並んでいる箇所に今もあるバス停。(柳橋通だったっけ) ここからいつもバスにマチ(釧路駅方面のこと)まで行ったものだ。成長とともに自転車に替わり、マイカーになったり、ウオークしたりになったが、、、、



 では、このまま進まず、狭い小路を、、、、



2014.10.25-26 KSR (33)


 昔からある、三角屋根の並ぶ住宅地。 産業道路とかつてサイクリングロードがあった、現在の雄鉄線通を結ぶ小路である。 奥に建て替えられた労災病院が鎮座する。



2014.10.25-26 KSR (36)

2014.10.25-26 KSR (37)

 で、雄鉄線通に出た。立派な道路だが、かつては真ん中が砂利道のサイクリング道路(旧雄別鉄道の線路で、1970年4月に廃止)で、両端が車の走る砂利道(簡易舗装)だった。労災病院のある通りとぶつかるこの地点に、かつて雄別鉄道の中園駅があったと、ウィキペディアで知れべられた。(昔の航空写真付き)


2014.10.25-26 KSR (41)

 立派になった労災病院。かつては白い建物だった。建物の位置も変わったようだ。この先に三原というラーメン屋さんがあるが、ここが有名とか?




 道を逸れて、思い出の公園にやってきた。


2014.10.25-26 KSR (45)

 江南高校の両端に子供向けの公園が二つあり、こちらは中園町側にある、「中園公園」10代前半はここでよく遊んだ思い出深い公園。トイレが改築され水洗化された以外、昔のまま。


2014.10.25-26 KSR (44)

 この小さな丘は、かつて公園内にあった、青色プラスチック製の樽型ゴミ箱に入り転がって丘を下り、目を回した思い出がある。近くにあったタイスイ、フクハラや小さな駄菓子屋で買ったおやつをここで食べたものだ。今は子供達の姿は無い。


2014.10.25-26 KSR (43)

 ロケット型のジャングルジム、奥の傾いたUFO型のジャングルジム、ベンチの位置も昔のまま。懐かしい。




 この後、市民の森を経て駅裏まで色々歩きました。昔からあり初めて立ち寄った公園も含め、取り上げてみます。なお、旧ブログ、「思い出の釧路」とカブる部分が多々ありますが、新ブログで初めてご覧になった方もおられるでしょうから、その点はご了承下さい。
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vol 20 2015年 8月の春採湖周辺を歩いてみて  その5

春採湖周辺ウオークのその5は、いよいよ完結。ひぶな坂を登り切った時に広がった光景は、30数年振りのものだろうと思われるが、全く記憶がなく、初めて見たのと同じ感想であった。



 ひぶな坂を初めて歩いて登ってみたが、自転車の時に比べれば楽だった。



2015.8.5-6 KSR (42)

 さて、いよいよ坂の終点が見えてきたゾ。



2015.8.5-6 KSR (49)

 ほう、どちらの芸術家の描いた絵かな?  街を明るくしようというコンセプトには大賛成。



2015.8.5-6 KSR (46)

 実はその途中、右手に下る道があり、お洒落な建物が。 (後ろを振り返っての撮影)


2015.8.5-6 KSR (47)

 おぉ、六花亭がここにもできていたのか。 鶴見橋の店舗に続いて二軒目ですな。この建物が建つ前は何があったのか?




2015.8.5-6 KSR (50)

2015.8.5-6 KSR (52)

 看板を見ると、春採5丁目なのだそうだ。 どんどん進むぞ。 木製の柵があるが、畑ではなさそうだ。



2015.8.5-6 KSR (56)

 筆者の歩いている、興津鶴ヶ岱通の左手はそこそこ平坦な住宅地なのだが、右手には草原が広がり、あまり人が行かない地のよう。いづれストンっと確実に落下するのだろう。 



2015.8.5-6 KSR (54)

2015.8.5-6 KSR (53)

 途中、このような光景も見られ、思わずカメラ。 一瞬、どこの沼かと思ってしまった。 手前の緑の下は切り立った崖なのか、急斜面なのか? 深い緑達に阻まれ、分からない。



2015.8.5-6 KSR (57)

2015.8.5-6 KSR (58)

 春採5丁目バス停の春採中方面(上写真)と、ひぶな坂方面(下写真)の光景。何気ない日常のスナップだが、昔この付近に住み、現在は別の土地で暮らしている人には懐かしい? 木の柵にも歴史が?



2015.8.5-6 KSR (59)

 現在のくしろバスの運行本数。 東邦交通時代に比べ、この本数はどう?



2015.8.5-6 KSR (135)

 鉄塔があった。ガードレールで守られたそれは、地域住民にとって欠かせないものだろうが、歴史の方も相当に長い?



2015.8.5-6 KSR (136)

 春採中学校に至る前のここで、残念ながら時間がきてしまい、ここでウオークを打ち切った。 もう、いい加減に愛国の実家に戻らなければ、、、(実家の犬の散歩係であるもんで)




 長く、お付き合の程、ありがとうございました。春採シリーズはここで終了します。かつてこの付近にお住まいであったり、通った方々に、懐かしさをほんの小粒程度にも感じて頂けたら、、、と思います。次回は新栄町、若松町付近を歩いた時の写真でお伝いしたいと思います。
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