vol 32 ユニオン →レイトン →廃墟

 街の衰退は、時に大きな爪痕を残す。廃墟もその一つ。そこに思い出があれば、ことさら感慨深い。



2016.7.5 KSR (53)

 釧路市民、元釧路市民、観光等で車で来た人なら一度は通ったことがあるのでは?  の、北中跨線橋。 筆者も思い出が深い。


2016.7.5 KSR (60)

 勿論、この跨線橋は下にJR根室本線が走る為に作られたもの。



2016.7.5 KSR (62)


 そこに登ると、釧路駅構内が遠くに見渡せ、下を通る列車が見え、 「この列車の天井は、こうなっているのか、、」なんて、新しい発見があったりするが、奥に見える薄茶色の凸型の建物に行ってみることにする。



2016.7.5 KSR (70)

 跨線橋を降り、春日町方面に一度向かう。 (写真は来た道を振り返って撮影したもの)


2016.7.5 KSR (74)

 トヨタ系の整備工場の横の道を歩くと、遠くに目的の建物が、、、



2016.7.5 KSR (76)

 途中、「ほう、公園があったんだ」と初めて知った。 少子高齢化又は、子供体が外で遊ばなくなったせいか、無人であった。 おっと、実はこの時の時刻は、朝の6時頃だった、そりゃ誰も居ないか 笑。




 目的地に到着。





2016.7.5 KSR (88)

 どうだい、この草に覆われた、「ホテルレイトン釧路」は?



2016.7.5 KSR (92)

2016.7.5 KSR (95)

 そう、ここは廃墟。 ホテルの廃墟。 ここは、ホテルユニオンとして開業し、その後、レイトン釧路に名称が変わった。 そして、経営母体の倒産? で、ニセコにあった、レイトンニセコと共に廃業し、現在に至る。ニセコの方は、収支が望めるとして、他社に買い取られ、経営が存続したが、釧路の方は、集客が見込めないとして、買い手が現れず、現在に至る。過去には、不審者が侵入して、火災が発生した。(窓が無く、焦げている箇所)



2016.7.5 KSR (90)

 看板のピンク部分にある、ブライダルプラン。 筆者は19歳(1990年)の時、ここで親戚の結婚式に出席した。既に札幌の大学へ進学していたが、帰郷して参加。真新しいスーツを来たものの、ネクタイの縛り方が分からす、ここまで乗ってきたタクシーの運転手さんに、車内で縛ってもらった。 お袋が、「お前、そのネクタイの縛り方、随分上手だね」と、驚いていたのが、つい最近のことのように思い出される。



 釧路には、このような大きなホテルの廃墟がいくつかあります。このレイトン釧路や、旧パシフィックホテル、旧パシフィックイン、旧第一ホテル等、、、近年は外国人旅行客も増えてきていますが、年間を通して、ホテルの供給は足りているということでしょうか?
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