vol 10 鳥取大通を歩き、鳥取橋付近を散策して

 大変、おまたせ致しました。ブログの再開です。


 2015年、7月に大楽毛駅から愛国の実家を、思い出に浸りながら歩いた模様、その10。鳥取橋まで来た筆者は、橋の下をくぐり、東川町に向かった。



2015.7.8-9 KSR (143)

 歩いてきた鳥取橋を振り返った。路線バスで、自分の車で、徒歩で自転車でと、数えきれない程渡った。


2015.7.8-9 KSR (137)

 旧十条製紙、(現 日本製紙釧路工場)の光景は、経営母体が変わっても変わらない。落ち着く、好きな景色。

2015.7.8-9 KSR (145)

2015.7.8-9 KSR (141)

 傾斜のかかった土手は、しっかり手が入り、草刈りがされている。 一本の木も、筆者には懐かしい思い出。


2015.7.8-9 KSR (142)

 振り返り、新橋大通に目をやる。角にあったガソリンスタンドは、営業を止め、現在は給油基地? 



 再度、土手を降り、、、、




2015.7.8-9 KSR (146)

 思い出の多い、鳥取橋の下をくぐる。 縁の下の力持ち達に敬意を。


2015.7.8-9 KSR (150)

 新釧路川(かつては、くしろ川だったが、、、)と鳥取地区の川の交わる所。


2015.7.8-9 KSR (153)

 東川町側に向かって土手を歩いてみた。 もっと進むと、かつてマラソン大会や遠足、写生会できた河畔公園がある。奥の赤い橋はかって、雄別鉄道の鉄橋で、その後、サイクリングロードとなり、現在は立派な鶴見橋として、主要幹線道路となった。


2015.7.8-9 KSR (154)

 その途中にある、「せんかま」こと、釧路蒲鉾に上がる階段がある。


2015.7.8-9 KSR (214)

 裏手の工場正面に回るが、、、


2015.7.8-9 KSR (212)

 誠に遺憾ながら、破産宣告がされ、筆者の思い出と共に、街の名産の灯がまた一つ、消えた。小学校時代に、工場見学でお邪魔し、お土産として厚揚げを頂いた。あの美味しかった思い出が、今も忘れられない。




 大変、お待たせ致しました。引っ越しもようやく落ち着き、何とかブログを再開できましたが、早速残念な記事で、恐縮です。「せんかま」の倒産、本当に残念です。釧路にはかつて、多くに魚を原料とした加工工場が沢山ありましたね。原料も輸入に頼る時代となりました。
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