vol 12 柳橋通りを歩いて愛国の実家に到着、、、

 第12回は、いよいよ大楽毛駅から愛国までのウオークの最終章です。さすがに足に堪えますね。


 2015年の7月の晴天、都市間バスを大楽毛駅で降り、思い出に浸りながら愛国に戻ってきた筆者。柳橋通りから愛国の実家についた。大楽毛から歩いて来たことを知ったお袋は、たいそう呆れていたが、、、

 


2015.7.8-9 KSR (227)

 治水町の暁通から柳橋通に出て、愛国小学校方面に歩く。解体工事中のネットには、かつて、マツダオートがあった。実家が長くマツダの車に乗ってきたので、ここには何度も来たことがあった。店舗の統合とのことで、跡地には何が建つ?


2015.7.8-9 KSR (228)

 今は川の無い、柳橋の欄干だけが残る。 ホーマック、フクハラ、ツルハドラックの看板が見えるが、かつては、石黒ホーマ、スーパーまつだ、雪印の並びであった。


2015.7.8-9 KSR (229)

 マツダオートの向かい、市民の森沿いを走る、柳町リンクに向かう交差点の角にあるローソンだが、かつて、釜飯のレストランがあった。一度も入店せずに終わってしまったが。並びには、しゃもじ屋という大きなレストランもあったが、こちらももう、無い。


2015.7.8-9 KSR (230)

 平成になって建て替えられた、労災病院に着いた。


2015.7.8-9 KSR (231)

 白色の5階建て? だった、かつての面影は無く、現代的な凝ったエントランスとなった。かつては下足番のおばちゃんがいて、木の札をもらって、中に入ったものだった、、、


2015.7.8-9 KSR (232)

 こちらも、労災病院のマンションとのことで、敷地が以前より広くなったような気が?


2015.7.8-9 KSR (233)

 今は薬も処方箋をもらい、薬局を自分で選ぶ時代となった。このような店舗の並びは、昔はなかったな。
高校時代、ヤクルトレディーのおばちゃんがカートを引いて、この付近で売っていた。筆者もよくジョアを買ったものだ。懐かしい。


2015.7.8-9 KSR (236)

 看護学校の建物は以前の物が現存。 



 12回に渡って取り上げた、ウオーキング記録はこれで終了です。次回は市内の別の地域をご紹介します。高校時代に西高から愛国の実家まで歩いて帰った事が何度かありましたが、それで節約できたのは、わずかバス代の300円でした。それでも、若さと、300円の重みを知っていた、少年の姿が確かにそこにありました。
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